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CineMag☆映画や海外ドラマを斬る!

新旧問わず、素晴らしい映画や海外ドラマの考察・解説・批評・感想を書いています。

Smells Like Maniac 第13話(最終話) 西海岸の夕暮れ エピローグ

ルネマグリットの絵画

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Smells Like Maniac 第13話 西海岸の夕暮れ エピローグ

〜ロバート編〜

シャーリーが、ベンチに座ってコーヒーを飲んでいるロバートに、ベストセラーになった彼の新しい本を放り投げた。驚いた表情を浮かべたあと、ロバートは笑う。

「忙しそうな君まで俺の本を読んでくれるとは。嬉しいよ。半年ぶりだ。元気だったか?クリスはどうしてる?」
「フフ。娘には会った?」

「一度だけ会った。パパを信じていたと、本の成功を素直に喜んでくれた。ただ……もう俺は一緒に暮らせないと悟ったよ。いい影響を与えられる父ではなくなってしまった。とっくにそうだったのだろうが」

久しぶりに会って抱きしめた瞬間、ずっとハンナと一緒に居たいと心から願った。しかし、彼女が退廃的な自分の影響を受けず、これから幸せに生きていくことの方がずっと大事だ。自分はハンナの側には戻れない。

「娘があなたを尊敬して育つなら、それだけでいいじゃない」

ロバートはタバコに火をつける。

「なぜわかった?」

「本のソフィアを殺すシーン。瞬間の動作に至るまで、まるでその現場に居合わせたみたい。いや、そうとしか考えられないわ」

「あのシーンだけは外せなかった。どんなことになろうと絶対にだ。君だってダイヤのリングを持っていたら、わざわざ偽物を指にはめて出かけたくはないだろ」

「やっぱり、あなたは現場に居たのね。どうやって彼女の部屋に入ったの?」

「ソフィアとジェームズとはギャンブル仲間さ。お互い初対面のふりをして、ポーカーであらかじめ決めていたサインを出し合った。3人で勝ちが回るようにコントロールしていたんだよ。監視カメラで常にチェックされているカジノじゃないからできたことさ」ひとつため息をついた。

「初日は俺が儲けさせてもらったのを覚えているだろ。部屋でソフィアに儲け分を渡す約束だった。中に入り、彼女がトイレに行っている間にテーブルに金だけ置いた。それで部屋の外に出たと思っただろう。実際は、奥の間のソファの死角に隠れてたんだ」

ロバートは煙を吐いてさらに言葉を続けた「ソフィアが、いつの間にか俺の中で大きな存在になっていた」

シャーリーに、ソフィアと会ったときのことを語った。1年ほど前、サンフランシスコのカジノのバーで飲んでいる彼女に何気なく話しかけたとき、くだらないジョークで大笑いしてくれたこと。波長が合ったのだろう。気づいたら朝まで飲んでいて、お互い深い悩みを打ち明け合い、それからも時々会って深酒をしたこと。ソフィアが幼い頃、彼女の父は仕事で忙してくて家におらず、5歳の頃に母親が家を出て行ってしまったこと。高校に入ると家にはほとんど帰らず遊び歩き、卒業後はギャンブルやドラッグで、すぐに借金がどうにもならなくなって親に肩代わりしてもらったことも一度や二度ではないこと。

「なぜ窓が開いたときソフィアが哀しい目をしていたか、わかったような気がするわ。きっとあなたと、ほんの少しだけでも話をしたかったのね」シャーリーが言った。ロバートは何もない空を見上げる。

「殺人を銃規制問題とを結びつけるために、ジェームズとソフィアを選んだの?」

「だいたいそんなところだ、作品にはドラマ性が不可欠だ。理由のない殺人なんてメディアも読者も喜ばないだろう。そこに偶然にもケイトが加わったことで、予期しないほど最高のシナリオになったというわけさ。とにかく、あのホワイトブロウを選んで正解だったんだよ。シアタールームに置いてたカメラが無くなってから、慌ててどうしようか考えているときに、ネットでケイトの経歴を見つけた。それで上手く利用できそうだと思ったのさ。」

「彼女に何を話したの」

「一番喜びそうなことさ、事件の記録のために館内や宿泊客をビデオカメラで撮影して上手く公表すれば、世論は彼女が望んでいた銃規制強化に一気に傾くだろうと焚きつけた。なんせ銃ビジネスに関わる裕福な白人たちが、休暇中に銃で殺されたんだ。シアタールームの小型のカメラの存在については、仕掛けた俺と、見つけた人物しか知らない。つまり共有事項なのさ。そしてその見つけた人物が、カメラで館内を秘かに撮影して回っているケイトを、怪しまないわけはないと考えたんだ」

「本に書いてある真実は殺人のシーンだけ。他のシナリオは全部あなたが仕組んだもの。何万人も騙して世間を騒がせ、本も売れてさぞかし愉快でしょう」シャーリーは沈みかけの夕陽を眺めながら言った。

「それはそうだが、世間的な名声は全部娘のためだ。俺のためじゃない。君だけは俺の本心をわかってくれると思っていたが…」

「作家として、人が殺される瞬間に立ち会いたかった。それだけだ。生が死に変わる瞬間を目で、そして筆で捉えたかった。向き合って表現したかったんだ。アルコールやドラッグに溺れる中でそれが最後の願いになっていた。誰もができることじゃない」

沈黙の中、二人の間には穏やかな風が吹いているだけだった。クリスはすべて知っているのか、そう言いかけたが、なぜか声は出ない。タバコとコーヒーの香りに、硝煙の匂いが混ざっている。

ここはどこだろう。夕方だったはずが、急に夜になっている。ロバートの眼前に、ホワイトブロウでのあの夜が広がっていた。ソフィアが撃たれた瞬間だ。彼女の体に、自分の体がゆっくり重なっていく。やっと痛みを分かち合えた。不思議な光が彼を包んでいた。

「ホワイトブロウでの三日間は本当に楽しかったわ。そしてこれが、わたしなりに考えたラストなの」

〜シャーリー編 〜エピローグ〜

ロバートが事件の裏側を知っている以上、選択肢はなかったとシャーリーは思っている。何らかの証拠が出る可能性が1%でもあれば、こうするしかない。

これでクリスが自分の正体を知る日は、永遠に来ないだろう。死を商売にするのも、疲れ果てた。

ロバートは最後に内ポケットに手を入れ、血が付き銃弾で穴が空いた封筒を差し出してきた。宛名は無い。うな垂れて物を言わなくなったロバートの横で、シャーリーは封を切った。便箋に彼がベンチで殺し屋に会って、死ぬまでのシーンが書かれている。

殺人が誰の手によるものかまではわからなくても、この結末をある程度予期していたのだろう。小説を書いているときからだろうか。もしかして、殺しの依頼をする前から。

今までのゴタゴタの対価として、未発表の原稿をくれてやるということだろうか。悪くはないと思った。

ロバートはソフィアに会って、彼女がどれほど苦しんでいるか、父親のような気持ちで受け止めたのだろう。大切な娘のように感じていた。しかしどん底から引っ張り上げようとしても、彼女の心に深く落ちた影が重力を持つように、それを阻んでいることに気づいてしまった。

心の一点の曇りは、どんなことをしても拭えないと悟ったのだ。たったひとつ死以外では。彼はソフィアを救いたかった。そして人々がソフィアという人間がいたことを忘れないように、レクイエムとして本を残したのだろう。

殺しのときに感情が動くというのは、ソフィアを殺して初めて発症した。
これが二度目だ。クリスのことを想いながらロバートを撃ち、自分の心の半分も死んで消滅した。心の半分はかろうじて生きている。これまで気づかずに空いた穴は、クリスとなら埋められるかもしれない。

便箋の下には、ホワイトブロウをバックにみんなで撮った1枚の写真があった。

全員が笑顔だ。きっと狂人同士が集まったのだろう。

ー完結ー

Smells Like Maniac 第12話 6ヶ月後のレクイエム

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Smells Like Maniac 第12話 6ヶ月後のレクイエム

 

〜ロバートの小説より抜粋・ソフィアの過去〜

 

ソフィアがまだ小さかった頃、遊んでくれたのはベビーシッターだけだった。彼女の父親は仕事で忙してくて家にほとんどいない。そのベビーシッターも、ソフィアが5歳になる頃に、結婚すると言って去っていった。

 

母親は自分が3歳の頃に家を出て行ってしまったと、物心がついてから聞かされた。母親とは何なのか。ベビーシッターの温もりと一体どこが違うのだろうか。そんなことを考えていると、大切な人が離れていく寂しさに対して、自分の感覚が段々と麻痺していくようだった。

 

誰にどうやって温もりを求めればいいのだろう。温もりという感情さえ霧がかかるように薄れさせてしまえば、心が締め付けられることもないのかもしれない。

 

高校に入る頃には、父親の権力に固執する姿勢を知り、一層冷めた目で遠くから見るようになっていた。いつしか親は生活費や養育費を払うだけの存在になり、家に帰らなくても誰も何も文句を言わない。

 

卒業後はデザインの学校に通って就職したが、恋愛や人付き合いで満たされない分、ギャンブルに興じることが多くなった。ポーカーやルーレットで大金を賭けているとき、不思議と心の欠けていた部分が満たされるのだ。他人や自分の転落や逆転劇を見る。そこで受ける感覚が、ソフィアにとっては“薬”のような役割を果たしていたのだ。しかし、勝ちは長く続かない。ソフィアにとって勝ちは大して重要ではなかったが、借金はどんどん膨らんでいった。借金がどうにもならなくなると、父親が返済してくれる。会話を交わすわけでも、叱られるわけでもない、そんなことを何度も続けた。ただの腫れ物になってしまったのだ。

 

〜クリス編〜半年後

 

クリスは本を閉じた。

今話題になっている小説『Smells Like maniac』。ロバートが半年前にホワイトブロウで起こった出来事を、ノンフィクションで綴ったものだ。実際に起こった事件がリアルな表現で描かれている。ソフィアが殺害される場面がとても印象深かった。まるでその場所にいたかのようだ。ソフィアの過去なども、きっと丁寧に取材したのだろう。あれで以外と几帳面な男なのかもしれない。

 

本の表紙を見ながら大きくため息をついた。自分もソフィアと同じ場所へ行くことができるのだろうか。しかし、まだ時期ではない。なんとなくだが、そんな気がする。いつまでも、死は自分という人間を特別扱いしてくれないのだろう。

 

天井を見上げ、これからのことについて考えを巡らせた。数日の間、ほとんど喋る時間が取れないこともあるが、それでもシャーリーとの暮らしには満足していた。お互いやりがいのある仕事を持っていて、心の奥底でしっかりと繋がっている。これが求めていたものだと思った。シャーリーは今日の朝から仕事でカリフォルニアへ出張中で、帰ってきたらプロポーズするつもりだった。

 

シャーリーとの幸せを考えながらも、ホワイトブロウでの出来事と、ロバートの小説が頭の中で渦巻いている。クリスは不意に、中東で人形を持って家から飛び出してきた少女を、撃ち殺してしまったときのことを思い出していた。

 

銀色の円形のペンダントが真っ二つに割れたのがスローモーションで見え、少女の目からロウソクが消えるようにゆっくりと光が失せていく、胸からは血が噴水のように溢れ出していた。小さな体から流れ出る量じゃない。

 

クリスはその場で目を開けながら意識混濁としてしまい、仲間に抱えられて数時間後に目を覚ましたのだ。小説で描かれていたソフィアの死に際が、少女の死の瞬間の記憶を呼び覚ましたのだろう。クリスが撃ち殺した名も無き少女。少女とソフィアの死に様が、頭の中でピタリと重なっていく。今初めて、その死を認識できたのかもしれない。

 

後日、軍部が少女の家に出向いて簡単な謝罪をし、少女の父親に幾ばくかの金を払ったらしい。問題が大きくなるということで、クリスの同行は許されなかった。ショックで夢を見ているような状態だったあのときの自分は、同行したとしても謝罪もできなかっただろう。

 

このことは帰還してから誰にも口にしていない。育ての親にも。もちろんシャーリーにも。永遠に許されないことだろう。この先、どんな善行を積んだとしてもだ。

 

だから自分は、何か新しいものを生み出そうとしているのか。償いからなのか。墓標なのか。誰にとってだろう。あの少女だろうか。それとも、ただ自分を楽にしたいから。

クリスは椅子の上でまどろみながら、いつの間にか寝ていた。中東の奇妙なメロディが聞こえてくる。あの日、少女が着けていたペンダントが、銃弾で真っ二つに引き裂かれた。そして銀色の半円となり、思えばあれこそ、ホワイトブロウそのものだ。きっと、あそこで起きたすべての元凶は自分なのだろう。

人を殺したことを受け止めきれず、償いもあきらめている、そんな人間なのだから。心の中にある黒く苛烈な感情が、巡り巡ってホワイトブロウに辿り着いたのだろう。

それがソフィアを殺していても、なんの不思議もない。命を奪った罪の意識は、国も時間をも越え、ソフィアに辿り着いてしまったのだ。

シャーリーと幸せな生活を送っていいのだろうか。

彼女の心に一筋の傷があったとして、自分の負の感情がそこへ流れ込みはしないだろうか?

クリスは、夢の中で脈絡ない思考を抱え、深い眠りに落ちていった。

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Smells Like Maniac 第11話 氷上での収束

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Smells Like Maniac 第11話 氷上での収束

〜クリス編〜

 

ホテルに警察が群がったのを見て、クリスはこの三日間の非日常が終わりを告げたのだとため息をついた。捜査の指揮を執っているウィルソンという男性は、はじめこそ被害者でもあるクリスたちを気遣う素ぶりはあったものの、三名の惨死体を確認してから急に顔色を変え、全員のボディチェックはもちろん。持ち物はすべて一旦押収。ノートパソコンまでチェックするという徹底ぶりだった。

 

みんなは文句を言いながら、それぞれ別々に14日〜16日まで何をしていたか証言をした。警察はケイトによる計画的な犯行の可能性を考え、ソフィアとジェームズの死体の銃槍の確認を急ぐ動きをみせた。

 

ケイトの死後、各々が警察が来るまでにイドリスと証言をどうするかしっかり擦り合わせたのもあって、全員の証言は今のところ疑われていないようだ。加えて地元の警察は、ソフィアとジェームズの身元を特定すると、この殺人事件が社会に与える政治的な影響を重くみて、事件調査への協力として全員近くのホテルに数日滞在してほしいということだった。カルロが近くにあるパイニーレイク湖畔にロッジを所有しているということで、一同はそこに泊まることになった。

 

〜シャーリー編〜

 

今日分の取り調べを終え、空いた時間はカルロの提案で、パイニーレイクでアイスフィッシングをすることになった。今日の取り調べを終えたクリスと3人で、ロッジを出てすぐ目の前にある湖に足を掛ける。スケートリンクに立ったことはあるが、凍った湖の上ははじめてだ。氷が割れないか心配する自分の眼の前で、カルロが軽くジャンプしてみせた。

 

「氷の厚さは50cm以上ある。君の体重なら春まで割れることはないだろう」カルロが歯を見せながら言った。

 

ポーカーで向かい合ったときから、こんな(おど)けた人物だっただろうか。陰気な方ではなかったが、自分のホテルであんな陰惨な事件が起きたわりには、凹んでいるそぶりは全くない。むしろ、嬉々としながら、アイスドリルでこれ見よがしに穴を開けていった。

 

「何をぼんやりしているんだ?これから夕食を釣り上げなくちゃならないんだぞ。全員分だ。」そう言ってカルロがアイスフィッシング用の短い釣竿を渡してくる。

 

氷の上に穴がぽっかりといくつか空き、釣果を競争ということになった。カルロがニジマスを釣り上げて声を張り上げているところに、ロバートもやってくる。4人はそれぞれ、正方形の端に空いた穴に釣り糸を垂らしていた。背中を向け合いながら、カルロとロバートは大声で喋っている。

 

「こんなことになってしまったが…。俺はこの状況をそこそこ楽しんでいる。なぜだかずっと考えていたが、やっとわかったよ。ソフィアのせいだ。彼女の死に姿が、言葉ではない何かを伝えてくれた気がするんだ」カルロが少しトーンを下げて言った。

 

「その言葉、明日ウィルソンにしっかり報告させてもらうさ。ついでにクリスもそう思っていると付け加えておくよ」ロバートが冗談を言った。

 

「彼女の死体は、自分にとって何かしらの答えだったような気がする。おそらくみんなもそう感じているんじゃないか。愛というよりは慈愛だろう。それに包まれているようだった」クリスが遠くを見ながら喋った。

 

「付け加えるなら、ぴったりとはまっている気がするんだ。ソフィアの死体が、ホワイトブロウにね。何十年も前から、この死体があの部屋に現れることが決まっていたように。輪っか。運命の輪というものの片側に、間違いなくソフィアがいるのだろう。そしてもう片側は…」途中で物思いにふけるように、ロバートは白い息を吐く。

 

その瞬間、シャーリーの竿がビクッと動いた。引き上げると30cmほどのニジマスが掛っている。ジタバタ跳ねるニジマスを見て、思わず変な声を出してしまった。みんなが笑う。

 

ニジマスは1匹、また1匹と釣り上がっていく。氷上で背中を向けあってニジマスを釣りながら、ソフィアの死体について、それぞれがとりとめのない表現を交わしている。死体という冷たい話題。とてつもなく冷たいこの四角形。陽が傾く。シャーリーの目に、真っ白なはずの風景が、徐々に色づいて見えるようになっていた。赤や紫色が浮かび上がってくる。

 

この瞬間、体には血が流れている。確かに生きているんだ。シャーリーはロバートやクリスの意見を聞きながら、肌でそう感じていた。

 

10匹ほど釣り上げたところでカルロがもう十分だろうと言い出し、4人はロッジに戻ることになった。

 

湖畔にロッジは3つあり、カルロは気を利かせてシャーリーとクリスに左端のロッジを2人で使っていいと言う。カルロとアンは右端。ロバート、イドリス、ユーシュエンは真ん中のロッジを使うことになった。

 

夕食は真ん中のロッジにみんなで集まった。なんとイドリスがニジマスを料理したようだ。学生時代にレストランの厨房で働いていたらしい。堅物に見えて料理が上手い。

 

夕食後は長い時間、コーヒーを飲みながら窓から星を眺めていた。

 

夜遅くにベッドに入り、シャーリーはクリスの腕に抱かれながら、この人になら自分の運命を預けてもいいと思った。

 

〜クリス編〜

 

明け方に目が覚めてしまった。シャーリーはまだ寝ている。外に出て湖畔でタバコを吸っていると一匹の野生のエルクが木々の中から現れた。クリスをじっと見つめている。正面から見ると、角が雲に向かって両腕を伸ばしているようだ。黒い瞳は優しげだった。角に少しだけ雪が積もっている。

 

時計は午前11時を回った。ホワイトブロウに赴いてウィルソンからの話に答えながら、クリスからもときおり質問をしていった。ケイトが持っていた銃の弾と、ソフィア、ジェームズの体から取り出した銃弾の種類が一致したということが聞き出せた。警察は現在、彼女を第一容疑者として捜査を進めていると言う。

 

ウィルソンが言うには、ホワイトブロウは部屋のバルコニーが丸くせり出した形状なので、そこから隣の部屋に移動するのは案外簡単で、腕の力がそこそこあれば、それこそ上や下の階にも行けるということだった。

 

405号室に泊まっていたケイトが、隣の隣にある407号室のソフィアの部屋に移動するのは、雪で滑るのさえ気をつければ、女性とはいえ難しくはなかっただろう。やはりケイトの仕組んだことだったのか。

 

昼を過ぎて警察の許可が降り、晴れて全員が自由の身となった。カルロ、ロバート、ユーシュエン、イドリスは、すぐに帰ろうとせず長々と立ち話をしている。不思議なものだ。友情とは、秘密があるところに芽生えるのだろうか。

 

クリス自身も名残り惜しかった。しかし昨晩、落ち着いたらシャーリーと一緒に暮らすことになり、新たな生活が楽しみでもあった。

 

ロバートが声を掛けてくる。

 

「ひどい三日間だったが、少なくともお前と喋れて楽しかった」

 

「その言葉に同意するよ。異質な空間で、異質な人同士集まったという感じがする」クリスは素直に言葉を返した。

 

「冗談抜きでそうだったんだろう。日常生活に戻ってからは、もう二度と味わえない空間さ」

 

「救われたんだろうか?生き残った全員が」

 

「君はとりわけそうだろう。何があったのかは聞かないことにするよ。それに生き残ったものだけじゃない。きっとソフィアやジェームズ、ケイトもそうなんだと思う。そして俺たちはもう2度と会うことはない気がする。」

 

その後、クリスは自分が何と返したか覚えていなかった。とにかく、夢のような事件が終わりを告げたのだ。

 

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Smells Like Maniac 第10話 優美な屍骸

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Smells Like Maniac 第10話 優美な屍骸

〜ロバート編〜

警察に電話する15時ごろになってもケイトは降りてこなかった。クリスとカルロがドアの外から声をかけ、何の返答もないのでマスターキーを使って中に入り、二人とも青白い表情で階下にやってきた。ベッドの上に頭の右半分が吹き飛んだ女性がいたらしい。着ていた服や体型から、おそらくケイトだということだった。サイレンサー付きの銃を手に握っていたので自殺したのだろう。

 

ロバートはカルロからマスターキーをひったくるように取り、階段を駆け上がって現場を見に行った。ドアを開けると赤黒い光が部屋を満たしている。窓にベッタリとついた血は部屋の湿気を含んで薄まり、完全に乾き切っていないようだ。外には赤い雪が降っている。ベッドは片側だけ赤黒くなり、ケイトの顔はザクロやベリー系の果物をかじったように崩れていた。

 

赤く照らされた部屋に、ロバートは一瞬クリスの影を見たような気がした。影はケイトの死体をじっと見つめている。クリスは今1階にいるはずだ。本当にそこに存在しているわけではない。ただの錯覚だろうか。それとも自分の第六感のようなものが映した映像だろうか。頬を、じっとりとした汗が流れ落ちた。

 

〜イドリス編〜

ラウンジにみんなが集まった。カルロが、ケイトのバッグから館内を撮影した小型のビデオカメラや、抗不安剤ベンゾジアゼピンが見つかったことを話す。自殺したということは、全て彼女が仕組んでいたことなのだろうか。ケイトが持っていた銃の弾が、ジェームズやソフィアの銃槍と一致するなら、その可能性が高いだろう。

 

ユーシュエンがネットで調べたところ、彼女は銃規制運動のロビイストでありながら、高校生の妹を銃乱射事件で失った遺族でもあるらしい。純粋に銃を無くしたいという遺族としての願いと、ロビイストとして常軌を逸した計画を実行たことが、彼女自身の中で抱えきれなくなってしまったのだろう。純粋な動機が、現実の波に当たっているうちに形を変えてしまったことに、ケイトは気づいてしまったのか。

 

これは銃社会へ向けたメッセージになるのだろうか。イドリスにはわからなかった。NRA(全米ライフル協会)の幹部の娘と軍需企業の人間を殺したのだ。ジェームズとソフィアにはどうやって接触したのだろうか。二人が偶然同じ日にこのホテルに泊まったわけでなく。個人的に接触して、割のいい仕事を与えホワイトブロウに泊まらせたのだろう。ホテルのランク付けの調査や、違法賭博のできる場所の調査で費用をこちらが出すと言えば、口車に乗るかもしれない。ケイトは死んでしまったので真相は不明だが、大体そんなところだろう。イドリスはタバコに火をつけた。

 

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Smells Like Maniac 第9話 現実こそが唯一悪

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第9話 現実こそが唯一悪

 

〜ケイト編〜

 全てが上手く回っている、とケイトは思った。ネットで調べてみると、殺されたソフィアは全米銃協会(NGA)の重鎮の娘、ジェームズは銃製造メーカー・クロッグ社に勤める人物だった。

銃規制強化法案で世論が揺れるこの時期に、“規制反対派の代表的人物の娘と、銃メーカーの人間が銃で殺された”衝撃の事実は、大きな追い風になるだろう。大学に通っている頃、実家の近くの高校で銃乱射事件があり、そこへ通っていた妹のサラも巻き込まれた。勝手に狂った同じ学校の男子生徒が犯人だった。自分とは違って明るく、誰からも好かれていたサラ。妹ではなく自分が死んだ方がよかったとさえ思ったことも一度や二度ではない。そしてケイトは大学の在学中から、銃の規制キャンペーンに参加するようになり、意外と自分に企画や実行の能力があり人が付いてくることに驚いた。大学を卒業するとNGO団体に数年所属。

しかし、社会的に影響力を与えられる人物にならなければ、銃を所持して武装することに賛成する人々の意識を変えることは到底無理だと痛感した。それからツテでロビー活動の企業に入社し、全米屈指の大企業と政治家の金の流れの間に入った。サラを失ったあとのような、純粋な気持ちだけ活動することなど到底不可能で、感情を押し込めてやりたくない仕事をこなした。それがサラのように突然死んでしまう人間や、癒しようのない傷を抱えた遺族をつくらない唯一の方法だと考えることにした。自分の感情を犠牲にしても、誰かを救うことができればいいと、ケイトは思うようになっていた。

人の世が狂ってしまったのはいつからだろう。他人への無償の親切が流行らなくなったのはいつからだろう。銃が誕生したからではないか。笑顔で家から出た人間が一瞬で死んでしまう。なんの理由もなくだ。そんなことが許されるはずはない。気づかないうちに涙が頬を伝っていた。拭うふりをしても誰も見てくれる人はいない。サラは、ソフィアとジェームズの死を利用しようとしている自分をどう思うだろうか。ケイトは精神安定剤をアルコールで流し込んだ。

 

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Smells Like Maniac 第8話 吊り下げられた間の日(Limbo)

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Smells Like Maniac 第8話 吊り下げられた間の日(Limbo)

 

〜クリス編〜

どこの国のいつの時代だろう。のどかな雰囲気の乾いた町だ。景色は白黒。ベンチで一生懸命絵を描いていた少年がいた。クリスはその少年の隣に座る。少年からスケッチブックと鉛筆をとりあげ、奇妙なメロディの鼻唄を歌いながら、得意げにホワイトブロウ・ホテルの外観を描きあげた。

 

少年が目を覚ました。さっきの映像はこの少年の夢だったのだ。クリスの体は消え意識だけが少年と同化していた。

少年は起きてすぐ、忘れないうちにホワイトブロウをスケッチブックに描く。家を飛び出して、街を歩いていた髭の男に得意げに見せた。中東の言葉で会話している。

 

「何じゃこれは、ケーキを切った絵か」

「ケーキじゃないよ。人が泊まるホテルだよ」

「ほお、ホテルか。どんなホテルなんだ」

「とっても怖いことが起こるホテルだよ」

「なぜそんなこと言うんだ?」

「昨日見た夢で、クリスっていうおじさんが教えてくれたんだ。笑ながら言ってたよ」

 

髭の男は昼寝から目を覚ました。クリスの意識もその男に同化する。

 

その男は建築家だった。夢で少年に見せてもらった建物のデザインを気に入ったようだ。

 

クリスは痙攣するようにして飛び起きた。シャーリーは隣でぐっすり寝ている。狂いそうな奇妙な夢だった。ベットのカバーが汗でじっとり濡れている。

 

〜シャーリー編〜

クリスの部屋で目覚めた。もう11時近い。こんなに深く眠れたのはいつ以来だろう。クリスはまだ隣で寝ている。彼の肩に触れた。温かい。仕事やその他の悩みはもうどうでもよくなっていた。このホワイトブロウの朝にいつまでも浸っていたい。しばらく寝転んで外の景色を眺めたあと、シャーリーは起きて服を着た。

 

〜クリス編〜

 午後からシャーリーやみんなと酒を飲みながら1階のラウンジで喋ったり、たまにひとりで館内をぶらついたりしていると、ケイトとすれ違うことが多かった。彼女も落ち着いていられないのか。

クリスはソフィアの死体をもう一度見たい気持ちをなんとか抑えていた。観たとしても期待しすぎれば、最初に見たときの感動に達することは不可能だ。そう自分に言い聞かせ、納得させた。

1階のラウンジではロバートやユーシュエンが、葉巻を吸っていた。カルロが葉巻の楽しみ方について講釈を垂れている。ユーシュエンは喫煙者ではないはずだが、興味が湧いたのだろう。咳き込んでいるユーシュエンを見てロバートが笑っている。

イドリスはアンと話し込んでいるようだ。彼も葉巻を口に咥えていた。イドリスはアンとの話を終えたようで、クリスに手招きしたので、彼の正面に座った。「初めて吸ってみたよ」イドリスはそう言いながら、さらっと自分が弁護士であると話し、証言を時系列で細かく組み立てようといった。横からユーシュエンがイドリスにポーカーのブラフ(ハッタリ)で勝った話をしてきた。イドリスも怒った顔をしていたが、口元は緩んでいる。

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Smells Like Maniac 第7話 この感情は殺せない

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Smells Like Maniac 第7話 この感情は殺せない

 

〜クリス編〜

 食事のあとはカルロからのポーカーの誘いを断り、クリスはバーカウンターでグラスを拭いているアレハンドロを見つけ、カウンターに腰を降ろした。彼になぜ自分の部屋に行かないのか尋ねると、いつも通りここで酒に囲まれていた方が落ち着くという。クリスはジェームズが飲んでいたウィスキーを頼むとブッカーズが出てきた。もう一つグラスを出させ、彼にも注ぐ。アレハンドロは少し口をつけると表情が緩み、このホテルにポーカーをしにくる大物の話や、自身の出生を語った。

メキシコ系の二世だと言った。彼の父親は内戦に反政府軍として参加していたらしい。

 しばらくすると、シャーリーがやってきてクリスの隣に座る。昨日と同じ笑顔だった。シャーリーもカクテルをオーダーする。
「酷いことに巻き込まれてしまったね」思ってもないことを言ってしまった。彼女の仕事や趣味など、他に話たいことがいくらでもある。

こんな状況なのに異常な思考だと思われないか心配だった。
「それ、気を遣って言ってるのがバレバレ」シャーリーは少し間を開けて笑いながら言った。

 いつの間にかアレハンドロはボトルを置いていなくなっていた。こんなに笑ったのはいつ以来だろう。彼女も屈託のない笑顔を浮かべ、お互いのグラスは何回も触れ合っている。

クリスはカクテルを持とうとしたシャーリーの手に触れた。指先の冷たさを感じる。彼女は何も言わずに見つめてくる。抱き寄せてキスをした。

 

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幽霊の月~それは謝罪のようなレクイエム~筆者3月コラム

筆者(伊良波といいます)の話になるのだけれど、2月は、アメリカの雪山を舞台にした小説を一気に書いた。初めて書いたにしては中々うまくいったような気もして、それを手直ししながら連載しているわけだ。

そして、2020年3月にはもっと大きなイベントがあった。いや、ある筈だった。

そのイベントは幽霊のように消えてしまったのである。

何が消滅したかというと、自分が出演した映画の試写会。

港栄輝監督によるストレプトカーパス』というインディーズ作品だ。

ストーリーは、あるコンテストで争うそれぞれのバンドの群像劇で、筆者はなぜか逃亡者の役。そして、映画のエンディング曲の制作も担当させてもらった。

当初は2019年6月頃に映画は完成予定だったが期間が延びて、3月7日にやっと試写会という日の朝だった。iphoneのグループラインにメールが入る。田港監督からだ。

「パソコンの故障で編集データが破損しました。」

次いで、「上映は不可なので試写会は中止になります。」

筆者は絶望した。

そして、何を思い浮かべただろう。そう幽霊だ。

何を言ってるんだコイツは?と思った方も多いと思う。

加えて筆者は“見えるタイプ”の人間では全くない。

ちゃんとワケを説明しよう。

 

実は、当初の完成が延びたのには裏話がある。

2019年5月頃に、筆者の出演シーンの撮影があった。

場所は伏せよう。伏せた方がいい。

とにかく住んでいる沖縄の某所である。

わりと都会な雰囲気の場所のすぐ近くの公園に、人通の少ない抜け道がある。

そこで血糊のついたUSBを受け取り、走って逃げるシーンだった。筆者のトム・クルーズばりの走行フォームを監督も気に入り、数テイクでOK!順調に終わった。

そう、今思い出したのだが、筆者の手には帰り際まで、血糊がベットリとついていたのだ。

 

そして翌日、筆者は高熱を出した。共演者も熱を出した。撮影に同行した女性も高熱を出した。田港監督は撮影後あろうことか、公園の丘の上から落ちそうになったらしい。

勘が鋭いセンス抜群の読者ならもう、わかっただろうか。

共演者の女性から連絡があり、“あのこと”について相談があった。

実は、昨日撮影した公園の抜け道のそばには、巨大なお墓があったのだ。

大きなお墓、どの程度か説明しよう。

まず、読者に知って欲しいのは、沖縄のお墓は女性の子宮をイメージして作られており、とてもでかい。毎年4月にはシーミー祭といって、先祖のお墓の敷地内に親戚が集まってお昼ご飯を食べられるくらいの広さだ。

そして身分が高ければ高いほど、お墓は大きくなる。

撮影場所のお墓は、家一棟が余裕で建てられるほどの敷地だった。

相当なセレブだったに違いない。墓の主がね。

ああ、今思い出したのだけれど、筆者や監督は敷地内にちょっぴり“侵入”しながら撮影をしていたんだ。そこが、隠れ場所になったものだからつい出来心だった。

 

ただ、共演者の女性には男らしく「気にするな!」とだけ伝えた。

確証がないのに騒いでも仕方がないからだ。

思えばそれから、撮影や編集期間は様々なトラブルで大幅に延びた。(出演者の留学という意味不明なものまで)

あとで、父から聞いたのだが、その土地は、第二次大戦で米軍が上陸した際に激戦区となった場所でもあるらしい。

そこからの3月である。

結果はご存知の通り。試写会の没落。

幽霊はAppleのパソコンのデータも壊せるのかもしれない。

 

それは置いておいて、ここでの本題に入ろう。

筆者は謝罪をしたかったのだ。

「セレブなお墓の持ち主よ、無断で入って本当にすいませんでした。」

パソコンに入れるなら、ブログでの謝罪もきっと届くだろう。

そう願うしかない。

再び現地入りしての謝罪は億劫だし、礼儀作法もわきまえていない。

届けこの願い!

 

長くなってしまったが、結論を話そう。

この一連の出来事は、筆者にとってうれしい話でもあった。

もしかしたら、目に見えている以上の世界があるかもしれない。

科学では説明のつかない何かが。そこに少し近づいたような気がする。

謝罪を謝罪で終わらせて、相手は喜ぶだろうか。

最後に、お礼を言いたい。

ありがとう。

Smells Like Maniac 第6話 満ちているのは狂気か?それとも…

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Smells Like Maniac 第6話 満ちているのは狂気か?それとも…

 

〜クリス編〜

ソフィアの死体を見たあと、体の奥が一気に熱くなった。冷めたかと思ったが暖炉の熾火おきびのように残っている。クリスは図書室でノートを片手に思い浮かんだデザインを描いていた。完璧ではないが、今までの自分の固定観念を超えられそうなデザインが描けそうな気がする。気がつくとロバートも居て、本を選んでいる。哲学書を探しているようだ。暫くすると話しかけてきた。

「こんなところでお絵描きなんかして、もし俺が暗殺者だったらどうするんだ」
「せめてあと半年待ってくれと頼む、かな」
「俺の親父が言ってた。本の知識は身を守るとね。二、三冊服の下に忍ばせておけ」ロバートはそう言って、ニーチェの『善悪の悲願』をテーブルに置いた。

彼もソフィアとジェームズの死で、何かインスピレーションを得たのだろうか。
「クリス、どう思ってるんだ」
「何を?」
「あんな悲惨な事件があった後に、ここで絵を描いて遊んでいることをさ」
「わからない」
「わからないだと」
「人の死は中東で何度も見てきた。はじめのうちは、吐き気を催すような漠然とした悪だと思った。しかし、次第に何も感じなくなった。感じなくなることでしか、生きられないと頭のどこかで悟ったんだ。でもソフィアの死体を観たとき、イラクのときとまったく別の感情が胸に灯ったんだ。うまく言えないが、慈愛のようなものを感じてしまった」
「人が命を失ったんだぞ。なんだその物言いは」
「すまない」クリスはそれしか言えなかった。見ると、ロバートは顎を触りながら笑っている。
「いじめるような口調ですまない。ちょっとからかって見ただけだ。俺もあのソフィアの死体がどうしても、君が考える悪とやらには見えなかった。なぜだか不思議な力が宿っている気がしてな」
「善悪の先に何かあるのかな」
「さあな。人が死んで殺人の悪、死体の醜悪を見るのは簡単だ。でも俺と君は、深淵の先にある答えを出さなければいけないのだろう。その答えが出たら本格的に書きはじめてみるさ」ロバートがクリスの目を見ながら言った。

「ところで君は、ずいぶんと楽しそうに描いていたじゃないか。なかなかいい出来だ。そろそろホワイトハウスのデザインを変えてくれよ。テレビのニュースで見飽きてしまった。そうだな、色は黒く塗ってくれ」ロバートは本をペラペラめくってそのまま部屋を出た。その本は置きっ放しだ。ロバート自身が散々悩んできたことなのか、さすがは物書きだ。単語の一つ一つが生きている気がする。

またひとりになり、しばらく部屋を眺めていた。彼女の死体を見たときの情景と感動がありありと浮かんでくる。赤い血が白く滑らかな雪で覆われているあの曲線。クリスの頭の中であるデザインが描かれた。忘れないうちに急いでスケッチをする。時間はかかるかもしれないが、いつか必ずこれを建てよう。

 

〜ロバート編〜

クリスとのお喋りを終え、ロバートは部屋の窓から外を眺めていた。雪以外何もない。こんな場所ならアルコールやドラッグに溺れずとも、本を書くことができるのかもしれないと思った。ハンナはちゃんと学校へ行っているだろうか。それとも今は冬休みなのか。それすらもわからない。家族と別れてから4年。連絡を取ることも少なくなっていた。

もともとはロバートのアルコール依存が原因だ。世間に忘れ去られ、何を書いても当たらない時期が続き、心身ともに疲弊していた。そして酒を飲み、一度だけ娘に暴言を吐いてしまった。その事実がロバートには許せなかった。離れて暮らすようになってからはドラッグも常用するようになり、シラフでいるのはギャンブルをしに行くときだけだった。

19時過ぎにレストランへ行くと、すでにみんな集まっている。
「まったく、俺のホテルでこんなひどい事件が起きるとは」カルロが高そうなブランデーをテーブルに乗せた。バーテンのアレハンドロに持ってこさせた赤ワインを見て、シャーリーが驚いて嬉しそうな顔をしている。かなりいい物なのだろう。異様だ。現実ではなくどこか違う世界にいるのかもしれないとロバートは思った。メインはエルクのヒレ肉のロッシーニ風。昨日よりもシェフの腕が振るわれている気がする。こんな事件があっても、以外とみんな食欲はあるようだ。夢中で食べている。それにしてもなぜこんなに美味しいんだろう。

胃袋が満たされてボーッとしてくると、ロバートはクリスについて考えはじめた。喋りかけると丁寧に答えてくれるが、何か大きな闇に覆われて彼の実体が見えていない。ときどきそんな錯覚に襲われた。ソフィアやジェームズの死体を見て、神経が参っているせいかもしれないが、他の人物と話してもそんな感覚にはならないし、食欲もある。クリスは何かを抱えている。それでもロバートは友達として彼が好きだと思った。

 

〜イドリス編〜


旨い酒と料理が振る舞われ、徐々にみんなの声が大きくなっていく、不思議と最後の晩餐の絵ような悲壮な雰囲気はない。俺は弁護士だぜと言ったらみんなはどんな顔をするだろうか。そう考えると急に楽しくなってきた。ここは法を武器に汚い口論をする場所ではないんだ。食事が終わり、カルロについてくるように誘われた。地下室に立派なポーカーテーブルがある。ロバート、ユーシュエン、アン、ケイトも座り、テキサスホールデムが始まった。トランプは久しぶりだったし職業柄、賭博は久しくしていない。「俺は弁護士だ」気がつくとイドリスは大きな声で言っていた。ロバートやユーシュエンが冗談言うなと笑い、カードが配られる。俺は弁護士だ、相手のブラフを見抜くことなんか朝飯前さ。

ゲームはゆっくり進んで行く、みんな人生で見てきた過激な話や深い悩みに興じていた。イドリスはなかなか勝てなかったが、頭の片隅で警察へどう証言すればいいか明日は一人一人にアドバイスしてやろうと考えた。

 

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Smells Like Maniac 第5話 共鳴 其の4〜アン編〜

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 Smells Like Maniac 第5話 共鳴 其の4〜アン編〜

 

〜アン編〜

 

父カルロの子どもに言いつけるような口調が少し気に障った。この中に暗殺者がいることくらいはわかっている。ただ、異様な雰囲気をまとっている人物もいないし、死体も見てもいないので実感がわかないのだ。これ以降はリミットまで何も起こらないだろうと何となく感じていたし、みんなの会話にも参加したかった。

 

なぜ、自分は今こんなにも冷静でいられるのだろうか。きっといまだに、人の死というものを理解できていないのかもしれない。小さい頃、何でも褒めてくれる、もの静かな母が大好きだった。しかし、あとで考えるとそれは母が病気だったからかもしれない。いつ死ぬかわからず、娘といい思い出だけを残したかったのだろう。アンは10歳になる頃、母の病気が治る可能性は7割と言われていたが、半年後に呆気なく死んでしまった。涙は不思議と出なかった。死ぬ少し前まで元気そうに見えたし、死というものが理解できなかったのだ。

 

子ども心に、死というものを抑圧していたのかもしれない。死んだら会えなくなる。しかし、会えなくなることがどれほどの意味を持つのだろう。心の奥にいる母が消えることはない。母の心からもアンの笑顔が消えることはないだろう。たとえ肉体は存在しないとしても。そう考えることで心の均衡を図っていたような気がする。

 

不動産関係の会社を経営していて忙しく、いつも家を開けていたカルロは、母の死後はアンに干渉してくるようになり、そしてすぐに他の女性と結婚した。アンは、その女性とは姉と妹のような関係で、仲はとてもよかった。しかし、カルロがその女性と結婚してから家にちゃんと帰ってくるようになったことについては、かなり複雑な思いがあった。それから10年以上、しばらくは平和な家庭だったのかもしれない。アンが25歳を過ぎた頃、その女性も交通事故で死んでしまった。カルロはアンを胸に抱き続けた。顔は見えないが頭にポタポタと雨のように雫が落ちる。カルロはアンに泣いている姿を見せたくなかったのだろう。アンはこのとき父を支えなければと思いながらも、母が死んだとき、こんなに泣いていただろうかと一瞬考えてしまった。

 

ソフィアの死体を見てみよう、とアンは思い立った。なぜわざわざ死体を見ようと思ったのかはわからない。少なくとも好奇心などとは別の感情だった。何か足りないものが手に入る気がする。漠然とそんな感覚だけを頼りに行動していた。マスターキーを従業員金庫から取り出して階段を上がる。部屋に入るとカルロが座って居た。ソフィアを見つめながら涙を流している。アンは何も言わずにカルロを胸に抱きしめて泣いた。

 

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