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首里城が焼失!燃えていったのは人々の心

本日2019年10月31日。首里城が燃えてしまった。正殿、南殿、北殿が焼け落ちた。イベントの準備か片付けをしていたということだが、原因は未だ不明。

3つの建物が綺麗に崩れ落ちたということは、放火の可能性もある。そして、あの有名な首里城が燃えたとはどういうことなのか。

燃えたのは平成における戦後復興の象徴

まず、首里城は14世紀末に造られたが、何回かの火災に見舞われ、戦争では完全に崩壊してしまった。今回燃えた首里城は1992年に復興されたものだ。

復興されたものだから価値がない!という人がいるが、その考え方は完全に間違っている。

元の首里城の残った遺構(いこう)を使っている部分があるので、歴史的な価値は少なからず残っている。そして、もっとも大事なのが人々の意思。

多大なる努力で復興した新しい首里城を喜び、戦前の面影を重ねてきた人々が大勢いた。その事実こそ、復元した首里城首里城たらしめたのだ。想い出の投影を誰が嘘と言えようか。人々の想いが集まり、首里城は47年ぶりに再び霊性を帯びた。つまり、本物になったのだ。

首里城 焼失前

そして、1992年に再建された首里城は、戦後復興の象徴であり、昭和から平成に変わって平和な時代が訪れたことを威風堂々と語っていた。他県からの観光客も、首里城で想い出を作ってくれた人は多いだろう。

それが燃えてしまったのである。燃えたのは首里城だけではない。心に引き継がれてきた先人たちの想い、復興の喜び、それから数多ある思い出の拠り所だ。

歴史的建造物を破壊する絶対悪

歴史的建造物の焼失と聞いて、まず思い浮かぶのが金閣寺(鹿苑寺)。1950年に放火され焼失。今の金閣寺は復興したものだ。

金閣寺 復興後

先ほども語ったが、歴史的建造物を破壊するというのは、単に歴史的な価値を失うことのみならず、先祖代々受け継いできた想いや、その場所を訪れて何かを感じ、それを心の拠り所にしていた人たちすべての心を踏みにじるものである。

幸福を奪っているのだ。人々の心の一部を殺しているのだ。

誰にその権利があるのだろうか。

今回の首里城焼失が放火によるものかはまだ定かではないが、もしそうだとしたら、到底許されることではない。

首里城は再建される予定だというが、思い入れのある人々は、放火であろうとなかろうと、この事件をしばらく引きずるだろう。

失われた心を取り戻すのには時間がかかるのだ。

しかし、首里城の火災は15世紀から数えれば今回を除いて5回あり、そのたびに復興してきた。時間はかかるかもしれないが、首里城は復興のシンボルとして、また沖縄の地に新しい姿を見せてくれるだろう。