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映画『テンバイテン(10×10)』のネタバレあらすじ!救われ度ゼロ!負の連鎖を徹底考察!

『テンバイテン(10×10)』という映画を観た。

なんども同じことを繰り返して間延びした感はあるけれども、人間の起こした“業”による負の連鎖がいつまで続くかわからないという恐ろしいメッセージをダイレクトに投げかけてくれた。

この記事では、あらすじネタバレの後、よく観ないと気づかなかったであろう、映画『テンバイテン(10×10)』の負の連鎖の演出について語る。ついでに、なぜ評価が低いかも解説する。

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映画『テンバイテン(10×10)』のネタバレあらすじ

ルイスは花屋を経営するキャシーを誘拐し、10×10フィートの防音室に閉じ込める。ルイスは以前病院で勤務していたキャシーが、入院中の自分の妻の命を奪ったと確信しており、証拠を掴むため音声録音しながらその理由を問う。

キャシーは若い頃に受けた、父親の浮気と蒸発による妹の自殺というトラウマで、サイコパス的な思考になっているとわかる。さらに問い詰めると、ルイスの妻アラーナが浮気をしていることが許せなくて殺したと語る。ショックを受けるルイス。

キャシーは防音室から逃げ出し、家に帰ってきたお手伝いのアロンドラを射殺。そばにいたルイスの娘サマーを人質にとり、この子もあなたの子じゃないと語る。サマーは逃げ出し、ルイスは格闘の末、キャシーをガレージの下敷きにした。パトカーのサイレンが聞こえる。

『テンバイテン(10×10)』で背筋がゾッとしたシーン

ルイスの娘サマーが、キャシーから逃げたあと、なんと監禁室に逃げていた。このシーンには背筋が凍りつくような意味が込められている。

サマーが将来、キャシーのようなサイコパスになってしまう可能性を暗示しているからだ。

サマーは父や母についての真実を知り、精神的に大きなショックを受けるだろう。そのあとで立ち直ることができるのか?キャシーのようなサイコパスになってしまうのではなかろうか!?

そしてキャシーのような残虐な犯罪行為に走り、ルイスのような復讐者に監禁されてしまうのだ…。

そう考えると、負の連鎖は止まらない。キャシーの父親の浮気と蒸発による因果はいつまで続くのだろう。そう考えさせられるとても丁寧で巧みな演出。

『テンバイテン(10×10)』はプリズナーズに似ている

映画『テンバイテン(10×10)』はヒュー・ジャックマン主演のプリズナーズ(2013)に似ている。主人公であるパパが、家族のために誘拐という犯罪を起こしてしまうからだ。

しかし、ラストについては『テンバイテン(10×10)』の方が、子どもの暗い未来が暗示されているぶん、ちょっとばかり暗い。

プリズナーズ以降から、監禁された人間の方が実は悪いヤツというものや、家に侵入された側の人間の方が恐ろしい(ドント・ブリーズとか)トリッキーな設定が増えている。

こんなふうな、ミイラ取りがミイラになる系のサスペンス・スリラーが増えてきていることは、頭に入れてもらいたい。

映画『テンバイテン(10×10)』の評価が低い理由

『テンバイテン(10×10)』の評価は、映画.comやFilmaraksで5点満点中2.8という結構な低評価となっている。なぜ評価が低いのだろうか。いくつか理由を挙げてみる。

第一に、キャシーの緊縛方法が甘いということ。キャシーの縛り方が甘いせいで、殴られたり逃げられたりする。鎖とか手錠とか、切ったりできないものを用意していた方が良かったんじゃないか?

第二に、ルイスが弱すぎる。ルイスはなかなかのマッチョなのに、力が強そうにないキャシーにめちゃくちゃ手こずる。ルイスにはキャシーを殺すつもりがなく、手加減してしまっているかもしれないが、体格が違う男女が互角に格闘するさまにはちょっと違和感が残る。

第三に、展開がのろい。キャシーが本当のことを喋り出すまでに時間をかかり過ぎで、間延びした印象を与えてしまっている。

映画『テンバイテン(10×10)』のまとめ

『テンバイテン(10×10)』に個人的に点数をつけると78点くらいで、まあまあ面白いのだが、間延びするし、設定にアラはあるしという欠点はある。

傑作というわけではないが(佳作くらいかな)、人間の罪が織りなす負の連鎖について考えさせられるという点においては意義がある作品だといえよう。