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Smells Like Maniac 第2話 ホワイトブロウ その1〜切り離された空間〜

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Smells Like Maniac 第2話 ホワイトブロウ その1〜切り離された空間〜 

 

〜クリス編〜

 2月13日。クリスはデンバーへ向かう飛行機の中で映画を1本観た。 レオナルド・ダ・ヴィンチの最後の晩餐の絵には女性が写っているだの、聖杯がどうのこうだのという内容だ。ストーリーの原作者はよっぽどキリスト教が嫌いなのだろうか。それとも信仰しているからこそ、敢えて新説を提示してみたのだろうか。物語の本筋よりもそちらが気になった。

飛行機を降りると雲はあるが晴れている、映画のことはすっかり忘れていた。デンバー国際空港からシャトルバスに乗り、本を読みながら3時間揺られ、標高2,484mのイーグル郡ベイルの集落に到着した。ベイルは毎冬スキー客が集まる観光地で、町には意外にも人が多い。現地の人間によるとホワイトブロウ・ホテルは少し離れているので、歩いては行けないらしい。

クリスはハイヤー(タクシー)を紹介してもらい、乗り込んだ。ホテルへの道は除雪がおろそかになっているせいで、運転手は時速20kmも出さずにゆっくり進む。チェーンと雪が擦れる音が車内に響いた。運転手にホテルの評判を聞いてみた。

「俺は泊まったことがないんで詳しくはわからねえが、話によるとベイルにある他の高級ホテルと遜色ないようだ。だけどよ、値段が相場の4〜5倍もするんだぜ。誰がオーナーか知らんが、商売する気はないんだろうな」

確かに、ネットで見たときも1泊2,200ドルの部屋しかなかった。ミシュランの星がついているホテルでもない。高すぎると思ったが、ベイルの中心街から離れていて、意図的に他の建物を避けたような場所にあったのが気に入ったのだ。やがてホワイトブロウ・ホテルに着き、運転手に少し多めにチップを渡した。

15時を少し過ぎている。大きな木造の扉を引くと、暖かい横長の空間が広がっている。静まりかえっていたので無人かと思ったが、左手のラウンジから外を眺めている女性が一人、すぐ横のカウンターには無愛想なバーテンが立っている。視線を正面に戻すと右の壁際でグレーの猫が悠々と歩いてる。

荷物を引いて中央右の受付ベルを鳴らすと40代半ばくらいの従業員女性が気怠そうに現れ、403号室に案内された。部屋からは下の方にベイルの町並みが見える。山の斜面は雪が積もっている部分と、常緑樹が密集している部分のコントラストが面白い。クリスは荷物をほどかず、ラウンジにコーヒーを飲みに降りた。

1階のラウンジの窓からは、白いラインが何本も入った向かいの山の広大な斜面が見えた。外には掴んだら手からサラサラと落ちそうな真っ白な雪が積もっている。

クリスは職業柄か、ホワイトブロウ・ホテルの外観と内観を頭に思い描いていた。バームクーヘンを半分に割ったような、雪と同化するような白一色の5階建。1階は受付とラウンジバー、通路を左へ入ると右側にレストランがある。2階にはフィットネスジムとビリヤード場、図書室、シアタールーム。3階〜5階は各階8部屋の客室があるが、この静かな雰囲気だと、予想通り泊まり客は少ないだろう。自分のことを誰ひとり知る人物がいないこのホテルで、しばらく仕事のことを忘れてリフレッシュできる。

高校ではそこそこ成績優秀な方だった。卒業してすぐ大学へ行きたかったが、育ての親はそんな金を持っていなかったので軽い気持ちで陸軍へ入隊し、1年と少しイラクに駐留した。帰還して建築科へ進学。2年も経つと周囲からは優秀だと言われるようになったが、イラクから帰還した以前の記憶がまるで空白のように感じられていたクリスにとっては、建築や芸術を吸収しない方が不自然だっただろう。

卒業してからは建築事務所に入り30歳を過ぎて独立。建物の設計とデザインの会社を運営している。当初は大変だったが、今ではなんとか5名のチームを雇い、メンバーとの関係も上手くいっている。皆仕事への情熱は持ちつつも、お互いの家族や恋人を貶して笑い合うことを忘れない。いいチームだ。

会社はシアトル周辺の業界内では徐々に知名度を得てきていたが、個性を存分に出せるような、デザインに重点を置いた大型の仕事の受注にはまだ至っていない。クリスにはこのままで建築家として名を馳せることができるかという漠然とした不安が募っていた。自分はザハ・ハディッドのような偉大な芸術家と呼べる域までいけるだろうか。普遍的なラインを持った建築物を世に残すことができるだろうか。コンペに参加しなければと思いながらも、そこに出せるような納得のいくアイデアは浮かんでこない。

このまま細かな案件をひとつずつこなしているうちに、いつの間にか老いて死んでいるのではないか。自分が死んでも何百年も残るような建物のデザインを命がけで手がけてみたい。

 陽の光の中、雪がゆっくりと降りはじめる。せっかく仕事に追われて凝り固まった頭をリセットするつもりで来たのだし、そろそろ自分を哀れむのはよそうと思ったところに、ラウンジの端にいた女性が近づいてきた。すらっとして背が少し高いその女性は軽く会釈をした。

離れて見たときは冷たい表情に見えたが、近くでみるとあどけない。少しシャイなのだろうか。クリスも微笑み返す。シャーリーというその女性は休暇でホテルに来たが、暇を持て余していて世間話でもしたかったらしい。二人はしばらく、なぜわざわざこのホテルに来たかなど、たわいもない話を続けた。

シャーリーは小さなバリスタの会社を起業し、企業や店舗から依頼を受けてチームのスタッフを派遣させる仕事をしているという。「多くの人がスキー目的でベイルを訪れるけど、このホテルはそんな人たちお呼びじゃないらしいわ。冬の間に山に篭って1人になりたい変人向けなのね。きっと」彼女は冗談っぽく言ったがあながち間違っていないだろう。ときどき彼女の金色の髪が、雪の反射光で白銀に見える。

二人で談笑していると雲が出てきたのか窓から光が入らなくなり、バーカウンターに短髪の男性がやってきてバーボンを注文した。グラスを回しながらこちらをチラチラ伺っているが、別にそれを悟られても構わないようだ。少したつと、ほとんど氷だけになったグラスを持ってこっちにやって来て座った。

そして彼は(名はジェームズ)2階のフィットネスジムで休暇中も体を鍛えているなど、どうでもいい話をしだした。世間話だと思って適当に聞き流して相槌を打っていると、彼は会話の腰を折るように話題を変えた。ホテル地下室があるとか、指を擦りつける仕草でかなり回りくどい言い方をしているが、シャーリーもすぐに勘づいたらしい。要は賭博ができるスペースがあるようだ。夕食のあと夜9時過ぎくらいからどうだろうという話だった。

シャーリーはクールな笑顔でOKサインを出している。クリスは賭け事に慣れている方ではないが、コロラドのこんな雪山でひっそりとするカードゲームがどんな雰囲気なのか、興味が湧いた。

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