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Smells Like Maniac 第13話(最終話) 西海岸の夕暮れ エピローグ

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Smells Like Maniac 第13話 西海岸の夕暮れ エピローグ

〜ロバート編〜

シャーリーが、ベンチに座ってコーヒーを飲んでいるロバートに、ベストセラーになった彼の新しい本を放り投げた。驚いた表情を浮かべたあと、ロバートは笑う。

「忙しそうな君まで俺の本を読んでくれるとは。嬉しいよ。半年ぶりだ。元気だったか?クリスはどうしてる?」
「フフ。娘には会った?」

「一度だけ会った。パパを信じていたと、本の成功を素直に喜んでくれた。ただ……もう俺は一緒に暮らせないと悟ったよ。いい影響を与えられる父ではなくなってしまった。とっくにそうだったのだろうが」

久しぶりに会って抱きしめた瞬間、ずっとハンナと一緒に居たいと心から願った。しかし、彼女が退廃的な自分の影響を受けず、これから幸せに生きていくことの方がずっと大事だ。自分はハンナの側には戻れない。

「娘があなたを尊敬して育つなら、それだけでいいじゃない」

ロバートはタバコに火をつける。

「なぜわかった?」

「本のソフィアを殺すシーン。瞬間の動作に至るまで、まるでその現場に居合わせたみたい。いや、そうとしか考えられないわ」

「あのシーンだけは外せなかった。どんなことになろうと絶対にだ。君だってダイヤのリングを持っていたら、わざわざ偽物を指にはめて出かけたくはないだろ」

「やっぱり、あなたは現場に居たのね。どうやって彼女の部屋に入ったの?」

「ソフィアとジェームズとはギャンブル仲間さ。お互い初対面のふりをして、ポーカーであらかじめ決めていたサインを出し合った。3人で勝ちが回るようにコントロールしていたんだよ。監視カメラで常にチェックされているカジノじゃないからできたことさ」ひとつため息をついた。

「初日は俺が儲けさせてもらったのを覚えているだろ。部屋でソフィアに儲け分を渡す約束だった。中に入り、彼女がトイレに行っている間にテーブルに金だけ置いた。それで部屋の外に出たと思っただろう。実際は、奥の間のソファの死角に隠れてたんだ」

ロバートは煙を吐いてさらに言葉を続けた「ソフィアが、いつの間にか俺の中で大きな存在になっていた」

シャーリーに、ソフィアと会ったときのことを語った。1年ほど前、サンフランシスコのカジノのバーで飲んでいる彼女に何気なく話しかけたとき、くだらないジョークで大笑いしてくれたこと。波長が合ったのだろう。気づいたら朝まで飲んでいて、お互い深い悩みを打ち明け合い、それからも時々会って深酒をしたこと。ソフィアが幼い頃、彼女の父は仕事で忙してくて家におらず、5歳の頃に母親が家を出て行ってしまったこと。高校に入ると家にはほとんど帰らず遊び歩き、卒業後はギャンブルやドラッグで、すぐに借金がどうにもならなくなって親に肩代わりしてもらったことも一度や二度ではないこと。

「なぜ窓が開いたときソフィアが哀しい目をしていたか、わかったような気がするわ。きっとあなたと、ほんの少しだけでも話をしたかったのね」シャーリーが言った。ロバートは何もない空を見上げる。

「殺人を銃規制問題とを結びつけるために、ジェームズとソフィアを選んだの?」

「だいたいそんなところだ、作品にはドラマ性が不可欠だ。理由のない殺人なんてメディアも読者も喜ばないだろう。そこに偶然にもケイトが加わったことで、予期しないほど最高のシナリオになったというわけさ。とにかく、あのホワイトブロウを選んで正解だったんだよ。シアタールームに置いてたカメラが無くなってから、慌ててどうしようか考えているときに、ネットでケイトの経歴を見つけた。それで上手く利用できそうだと思ったのさ。」

「彼女に何を話したの」

「一番喜びそうなことさ、事件の記録のために館内や宿泊客をビデオカメラで撮影して上手く公表すれば、世論は彼女が望んでいた銃規制強化に一気に傾くだろうと焚きつけた。なんせ銃ビジネスに関わる裕福な白人たちが、休暇中に銃で殺されたんだ。シアタールームの小型のカメラの存在については、仕掛けた俺と、見つけた人物しか知らない。つまり共有事項なのさ。そしてその見つけた人物が、カメラで館内を秘かに撮影して回っているケイトを、怪しまないわけはないと考えたんだ」

「本に書いてある真実は殺人のシーンだけ。他のシナリオは全部あなたが仕組んだもの。何万人も騙して世間を騒がせ、本も売れてさぞかし愉快でしょう」シャーリーは沈みかけの夕陽を眺めながら言った。

「それはそうだが、世間的な名声は全部娘のためだ。俺のためじゃない。君だけは俺の本心をわかってくれると思っていたが…」

「作家として、人が殺される瞬間に立ち会いたかった。それだけだ。生が死に変わる瞬間を目で、そして筆で捉えたかった。向き合って表現したかったんだ。アルコールやドラッグに溺れる中でそれが最後の願いになっていた。誰もができることじゃない」

沈黙の中、二人の間には穏やかな風が吹いているだけだった。クリスはすべて知っているのか、そう言いかけたが、なぜか声は出ない。タバコとコーヒーの香りに、硝煙の匂いが混ざっている。

ここはどこだろう。夕方だったはずが、急に夜になっている。ロバートの眼前に、ホワイトブロウでのあの夜が広がっていた。ソフィアが撃たれた瞬間だ。彼女の体に、自分の体がゆっくり重なっていく。やっと痛みを分かち合えた。不思議な光が彼を包んでいた。

「ホワイトブロウでの三日間は本当に楽しかったわ。そしてこれが、わたしなりに考えたラストなの」

〜シャーリー編 〜エピローグ〜

ロバートが事件の裏側を知っている以上、選択肢はなかったとシャーリーは思っている。何らかの証拠が出る可能性が1%でもあれば、こうするしかない。

これでクリスが自分の正体を知る日は、永遠に来ないだろう。死を商売にするのも、疲れ果てた。

ロバートは最後に内ポケットに手を入れ、血が付き銃弾で穴が空いた封筒を差し出してきた。宛名は無い。うな垂れて物を言わなくなったロバートの横で、シャーリーは封を切った。便箋に彼がベンチで殺し屋に会って、死ぬまでのシーンが書かれている。

殺人が誰の手によるものかまではわからなくても、この結末をある程度予期していたのだろう。小説を書いているときからだろうか。もしかして、殺しの依頼をする前から。

今までのゴタゴタの対価として、未発表の原稿をくれてやるということだろうか。悪くはないと思った。

ロバートはソフィアに会って、彼女がどれほど苦しんでいるか、父親のような気持ちで受け止めたのだろう。大切な娘のように感じていた。しかしどん底から引っ張り上げようとしても、彼女の心に深く落ちた影が重力を持つように、それを阻んでいることに気づいてしまった。

心の一点の曇りは、どんなことをしても拭えないと悟ったのだ。たったひとつ死以外では。彼はソフィアを救いたかった。そして人々がソフィアという人間がいたことを忘れないように、レクイエムとして本を残したのだろう。

殺しのときに感情が動くというのは、ソフィアを殺して初めて発症した。
これが二度目だ。クリスのことを想いながらロバートを撃ち、自分の心の半分も死んで消滅した。心の半分はかろうじて生きている。これまで気づかずに空いた穴は、クリスとなら埋められるかもしれない。

便箋の下には、ホワイトブロウをバックにみんなで撮った1枚の写真があった。

全員が笑顔だ。きっと狂人同士が集まったのだろう。

ー完結ー