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Smells Like Maniac 第6話 満ちているのは狂気か?それとも…

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Smells Like Maniac 第6話 満ちているのは狂気か?それとも…

 

〜クリス編〜

ソフィアの死体を見たあと、体の奥が一気に熱くなった。冷めたかと思ったが暖炉の熾火おきびのように残っている。クリスは図書室でノートを片手に思い浮かんだデザインを描いていた。完璧ではないが、今までの自分の固定観念を超えられそうなデザインが描けそうな気がする。気がつくとロバートも居て、本を選んでいる。哲学書を探しているようだ。暫くすると話しかけてきた。

「こんなところでお絵描きなんかして、もし俺が暗殺者だったらどうするんだ」
「せめてあと半年待ってくれと頼む、かな」
「俺の親父が言ってた。本の知識は身を守るとね。二、三冊服の下に忍ばせておけ」ロバートはそう言って、ニーチェの『善悪の悲願』をテーブルに置いた。

彼もソフィアとジェームズの死で、何かインスピレーションを得たのだろうか。
「クリス、どう思ってるんだ」
「何を?」
「あんな悲惨な事件があった後に、ここで絵を描いて遊んでいることをさ」
「わからない」
「わからないだと」
「人の死は中東で何度も見てきた。はじめのうちは、吐き気を催すような漠然とした悪だと思った。しかし、次第に何も感じなくなった。感じなくなることでしか、生きられないと頭のどこかで悟ったんだ。でもソフィアの死体を観たとき、イラクのときとまったく別の感情が胸に灯ったんだ。うまく言えないが、慈愛のようなものを感じてしまった」
「人が命を失ったんだぞ。なんだその物言いは」
「すまない」クリスはそれしか言えなかった。見ると、ロバートは顎を触りながら笑っている。
「いじめるような口調ですまない。ちょっとからかって見ただけだ。俺もあのソフィアの死体がどうしても、君が考える悪とやらには見えなかった。なぜだか不思議な力が宿っている気がしてな」
「善悪の先に何かあるのかな」
「さあな。人が死んで殺人の悪、死体の醜悪を見るのは簡単だ。でも俺と君は、深淵の先にある答えを出さなければいけないのだろう。その答えが出たら本格的に書きはじめてみるさ」ロバートがクリスの目を見ながら言った。

「ところで君は、ずいぶんと楽しそうに描いていたじゃないか。なかなかいい出来だ。そろそろホワイトハウスのデザインを変えてくれよ。テレビのニュースで見飽きてしまった。そうだな、色は黒く塗ってくれ」ロバートは本をペラペラめくってそのまま部屋を出た。その本は置きっ放しだ。ロバート自身が散々悩んできたことなのか、さすがは物書きだ。単語の一つ一つが生きている気がする。

またひとりになり、しばらく部屋を眺めていた。彼女の死体を見たときの情景と感動がありありと浮かんでくる。赤い血が白く滑らかな雪で覆われているあの曲線。クリスの頭の中であるデザインが描かれた。忘れないうちに急いでスケッチをする。時間はかかるかもしれないが、いつか必ずこれを建てよう。

 

〜ロバート編〜

クリスとのお喋りを終え、ロバートは部屋の窓から外を眺めていた。雪以外何もない。こんな場所ならアルコールやドラッグに溺れずとも、本を書くことができるのかもしれないと思った。ハンナはちゃんと学校へ行っているだろうか。それとも今は冬休みなのか。それすらもわからない。家族と別れてから4年。連絡を取ることも少なくなっていた。

もともとはロバートのアルコール依存が原因だ。世間に忘れ去られ、何を書いても当たらない時期が続き、心身ともに疲弊していた。そして酒を飲み、一度だけ娘に暴言を吐いてしまった。その事実がロバートには許せなかった。離れて暮らすようになってからはドラッグも常用するようになり、シラフでいるのはギャンブルをしに行くときだけだった。

19時過ぎにレストランへ行くと、すでにみんな集まっている。
「まったく、俺のホテルでこんなひどい事件が起きるとは」カルロが高そうなブランデーをテーブルに乗せた。バーテンのアレハンドロに持ってこさせた赤ワインを見て、シャーリーが驚いて嬉しそうな顔をしている。かなりいい物なのだろう。異様だ。現実ではなくどこか違う世界にいるのかもしれないとロバートは思った。メインはエルクのヒレ肉のロッシーニ風。昨日よりもシェフの腕が振るわれている気がする。こんな事件があっても、以外とみんな食欲はあるようだ。夢中で食べている。それにしてもなぜこんなに美味しいんだろう。

胃袋が満たされてボーッとしてくると、ロバートはクリスについて考えはじめた。喋りかけると丁寧に答えてくれるが、何か大きな闇に覆われて彼の実体が見えていない。ときどきそんな錯覚に襲われた。ソフィアやジェームズの死体を見て、神経が参っているせいかもしれないが、他の人物と話してもそんな感覚にはならないし、食欲もある。クリスは何かを抱えている。それでもロバートは友達として彼が好きだと思った。

 

〜イドリス編〜


旨い酒と料理が振る舞われ、徐々にみんなの声が大きくなっていく、不思議と最後の晩餐の絵ような悲壮な雰囲気はない。俺は弁護士だぜと言ったらみんなはどんな顔をするだろうか。そう考えると急に楽しくなってきた。ここは法を武器に汚い口論をする場所ではないんだ。食事が終わり、カルロについてくるように誘われた。地下室に立派なポーカーテーブルがある。ロバート、ユーシュエン、アン、ケイトも座り、テキサスホールデムが始まった。トランプは久しぶりだったし職業柄、賭博は久しくしていない。「俺は弁護士だ」気がつくとイドリスは大きな声で言っていた。ロバートやユーシュエンが冗談言うなと笑い、カードが配られる。俺は弁護士だ、相手のブラフを見抜くことなんか朝飯前さ。

ゲームはゆっくり進んで行く、みんな人生で見てきた過激な話や深い悩みに興じていた。イドリスはなかなか勝てなかったが、頭の片隅で警察へどう証言すればいいか明日は一人一人にアドバイスしてやろうと考えた。

 

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